他院で発生した脂肪吸引(顔・顎下)の死亡事故に関連して

先日、大阪のクリニックで、起きてはいけない痛ましい死亡事故が発生してしまいました。ニュースによると、福岡県からの患者様だったようで、顔・顎下の脂肪吸引を受けられた翌日に、顔が腫れた状態になり、写真を執刀医のクリニックへ送るも、医療機関の受診をすすめられたが、窒息してお亡くなりになったそうです。
患者様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

断定的なことは述べられませんが、私も多く行っている顔・顎下の脂肪吸引ですので、この事故に際して、患者様の安全性や日本の美容外科の問題点など、私なりに考えさせられたことを、ここに書いてみます。

この事故には、現在の日本の美容外科で普通としてまかり通っている、いくつかの問題点があるのではないか?と考えさせられました。

まず、美容クリニックの診療体制

●手術の翌日に執刀医が患者様を診察しているか?
→ちなみに当院では、手術の日と翌日は、執刀医の私は遠方に行かず、何かあれば、いつでも患者様を診察できる状態にしています。チェーンクリニックでは、医師の出張があるので、翌日みない(いない)ことがあります。

●当院では、基本的には脂肪吸引を含め、切開系の手術では、翌日の診察を行っています。手術経過によっては、翌日診察を行わなくても大丈夫な場合も、多くあります。

●遠方からの患者様でも、近隣に宿泊していただき、翌日の診察を行い、問題なければ帰宅していただきます。遠方からの手術の場合、少し余裕をみて滞在してもらっています。

●このケースの疑問点としては、このクリニックでは、脂肪吸引の翌日に患者様を診察していたのか?診察せずに福岡県に帰していたのでは?ここは争点になるだろうと思います。
●患者様が写真を送ってこられた時の対応が適切であったか?適切な指示・説明ができていたか?ここも、注意義務・説明義務違反に問われる可能性があります。


次に、今回の件で、脂肪吸引を行っている美容外科専門医として、顎下の脂肪吸引後の気道圧迫や、日本の美容外科の問題点などについて書きます。

●顔・顎下の脂肪吸引で出血の結果、血腫(血溜まり)を作ってしまうと、顎下に存在する気管が圧迫され窒息する可能性があります。これは通常のリスクですが、発生した場合に適切に対処できるのかが重要です。命に関わるためです。

●血腫発生による気道圧迫の恐れがある場合、すぐに気道確保を行わなくてはなりません。気管挿管ができれば良いのですが、血腫による気道圧迫のため気管挿管が困難となる状況もあり、その場合、人命救助の目的に即座に気管切開を行わなければならないことも頭に置いておく必要があります。
→気管挿管・気管切開は、美容外科の医師、または一般の医療機関の医師全員が、すんなりできるわけではありません。
→気管挿管や気管切開は、外科系・救命救急センターなどで一定の勤務経験があり、習得される技術です。そのため、執刀医にそのような一般病院の外科系勤務経験、経歴があるのかが重要となります。しかし、世界的にみても、このおかしな日本の環境、つまり形成外科専門医を持っていなくても、誰でも美容外科医になれる環境が、このような事故リスクを高めている可能性は、あながち否定できません。

●もちろん血腫発生を予防するのが一番だし、非専門医でも手術が上手な美容外科医師はいると思います。しかし、事故・リスクは可能性が低くても起こりえるものとして、十分な発生時の対策を講じておくのが、最低限必要と考えます。美容外科といえど、人命を預かる医療ですから、当然です。

●脂肪吸引を遠方で受けていいのか?
→受けていいとは思いますが、翌日の診察は必ず行うべきだし、経過に異常が少しでも疑われる場合は、帰宅させてはいけないと思います。局所所見やバイタルの確認だけでなく、CTで血腫を確認できます。

●安全な施術を受けたいのであれば、信頼できる経歴の医師で、できれば形成外科専門医または美容外科専門医を取得している先生に任せるのが、より安心でしょう。

おそらく、救えた命だったのではないかと思えば、このような事故は本当に胸が痛みます。
美容外科の世界は華やかに見えますが、医療の一分野です。
患者様の命を預かっているので、リスク管理を常に行い安全に美容外科手術を提供しましょう。
私が、常日頃から当院のスタッフに言っている言葉です。

手術の腕はもちろんですが、周術期(術前・術中・術後)管理が本当にちゃんとできているクリニックなのか?
その医師の経歴に、十分な一般病院、特に外科系での勤務経験があるのか?

手術を受けると言うことは、命を預けるのと同じだから、SNSだけで決めてはいけません。
長く美容外科を続けている、症例数が多い、も大切ですが、症例数が多いだけでは安全とは言えません。多い症例の中に、このような不運な患者様の存在が隠れています。実際、その領域では有名なクリニックでも結果が悪く修正が困難となるような症例や、死亡例があったりするのです。

医療は常にリスクと背中わせ、重大事故が発生するリスクは常にあります。しかし、だからこそ、そのリスクを減らす努力が、常に必要なのです。毎日オペがあるのなら、毎日です。

●執刀医が術後に診察してくれますか?
●チェーン店クリニックでは、あなたの執刀医は翌日勤務していないことがあります。
●執刀医の経歴に外科系での勤務経験がちゃんとありますか?突き詰めて言うと、気管挿管・気管切開をしたことがありますか?(ある方が望ましいというか、私はその経験がない医師は、顔面や顎の領域の手術(脂肪吸引、バッカルファット、糸リフト、フェイスリフト、輪郭整形・骨切り、鼻整形)などの手術は、本来やるべきではないと考えています。
●専門医の有無(形成外科専門医、美容外科専門医)。これは、世界的に見れば、アメリカやEU、韓国などでは普通ですが、形成外科専門医がなければ通常は開業ができません。また、他の専門医を持ってないと、形成外科専門医は取得できない2階建てなのです。しかし、ここ日本では、専門医も持たない未熟な医師が美容外科を行える状況にあります。これは、日本美容外科学会(JSAPS)も指摘し続けてきたことなのですが、やはり、個人的には怖いと言わざるを得ません。
●そもそも専門医は、医師になって6年程で取得でき、その領域の基本的なトレーニングを積んでますよという背番号のようなものです。ですので、専門医持ち=手術がうまい わけでもないのですが、Surgical、つまり外科系の美容外科手術に関しては、もう少し厳しめにした方が、美容外科医療の質を上げることができるのではないかと思います。その方が、患者様も迷わなくてすむのではないかと思います。

患者様を美しくするための美容外科で、命が奪われることがあってはなりません。
美は命あってのものです。

おそらく今回発生した事例で、いろんな美容外科医師がいろんなことを議論すると思います。しかし、これは国民の皆様の医療の安全に関わることですので、最終的には、美容外科学会が、行政が、安全性向上のための枠組み作りや施策が構築されていくことを期待します。

患者様のアイデンティティとしてのお顔に、自信に、心に、職業、結婚と人生のライフイベントに大きく関わる美容外科は、適切に行われれば、素晴らしい結果を生み、美容的な要求の高くなったわれわれ現代人にとっては、なくてはならない医療分野の一つです。

また、美容外科は、ここ10年〜20年で形成外科を基盤に発展させてきた先人達の功績により大きく進化し、科学的根拠に基づく効果と安全性の検証が進んでいます。


近い将来、さらに患者様が安心して、安全な美容外科医療サービスを、広く享受できるようになることを願ってやみません。